先週、東京女子医科大学病院に脳腫瘍の定期検査(MRI)と診察に行ってきました。
前回の診察からは3ヶ月ぶりです。
まずはMRI。この日のMRIは、久しぶりに外来病棟ではなく中央病棟でした。いつものように轟音の中で寝こけてしまいましたが、無事に検査は終了。中央病棟を出て横断歩道を渡って外来病棟に向かうところで、「高山さん!」と声をかけられました。以前Facebookがきっかけで知り合ったYさんとご主人でした。4月の診察以来、6ヶ月ぶりの再会でした。
ご主人に脳腫瘍が見つかり、絶望の中で僕のブログにたどり着き、希望が見えたというYさん。地元の病院から女子医大に転院して、覚醒下手術を受けられました。この日は僕と同じように定期検査と診察で病院に来ていたようです。
やはり小さいお子さんがいるYさん夫婦。発作や再発など心配は消えないようですが、僕の夏休みのブログ記事をご覧になって、「私たちも家族で海外旅行に行きたいんです!」とおっしゃっていました。大丈夫。行けますよ、Yさん!楽しい報告を待っています!
Yさんと別れてから外来病棟へ。先生たちへの差し入れのチョコを院内のローソンで買って、診察室へ向かおうとしたところで、また別の方から「高山さんですよね?」と声をかけられました。
やはり脳腫瘍(グリオーマ)で、以前から闘病ブログも書いているYさん(先ほどとは別のYさん)でした。お互いにブログを書いていることもあり、何年か前からたまにコメントやTwitterなどでやり取りがありました。今回、再発が見つかり、地元の病院から女子医大に転院されて、これから手術を受けられるとのこと。
僕のブログや著書「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」が、女子医大を選ぶきっかけになったようです。
お会いしたのはこの日が初めてでしたが、前述のように、これまで折に触れてやり取りがありましたので、なんとなく初対面のような気はしませんでした。今は手術に向けての検査や関連する科の診察などを受けている段階のようです。
Yさん、女子医大のグリオーマチームであれば、間違いなく手術はうまくいきます。手術が終わって元気になったらまたお会いしましょう!
そしてYさんと別れて、エレベーターを上がり、脳神経センターへ。受付をすると、意外と早く順番が来ました。
主治医の村垣先生の診察では、まずこの日のMRIのチェック。一年前の画像と比べても変化はなく、全く問題ありませんでした。
今回も問題がなかったということで、今後は3ヶ月ごとのMRIでは造影剤は使わないことになりました。徐々に身体への負担を減らしていきましょう、と村垣先生。
その後、医療者と患者のコミュニケーションに関する課題を、ITで解決できないか?というようなディスカッションになったのですが、この件はまた改めて話しましょう、ということで診察は終了。
その後、受付の方から声をかけていただいて、執刀医の丸山先生の診察室へごあいさつに。
7年前の手術後にも丸山先生から言われた「無理と無茶の間」という命題について、久しぶりにお話ししました。この命題については下記の当時のブログもご参照ください。
▼病気からの「完全復活」とは?/無理と無茶の間|オーシャンブリッジ高山のブログ
目の前の困難にとらわれてしまうか、それとも少し先の未来を見据えた上でがんばることができるか、そこが分かれ道、というお話。
そこからさらに話は広がります。GAFAを初めとする米国のベンチャー発のイノベーションに日本企業は対応できるのか。またそこで、20代、30代で起業するような若者ではなく、これから余ってくる40代、50代のリソースをどう活用していくべきか。そんな話にまで広がりました。
「40代の余剰リソース」という意味では、自分がまさに当てはまります(ちょっと特殊なケースではありますが)。先日も映画グレーテストショーマンを見て改めて自分の人生を振り返ったりしています。
大前提としては、今、命があること、そして家族三人で幸せな生活を送れていることが、何よりも大切で、何よりもかけがえのないことです。その上で、自分が多少でも世の中に貢献できることは何なのか、と考えることがあります。
創業者(ファウンダー)として、会社の成長を支援するという役割が一つ。
そしてこのブログや書籍などを通じた、闘病経験の発信、共有により、他の患者さんやそのご家族のお役に立つことが一つ。
それらを、前提を崩さない(健康を害さない、家族との時間を減らさない)範囲でやっていくことが、自分にできることです。
焦らず、一つずつ前に進んでいきたいと、改めて思っています。